目黒のサンマは落語の世界だがタケノコは現実の話だった、我が家の辺りは目黒から伝わった子孫の竹林がまだあり手入れして時季になると販売している農家もあるし放置され道路に竹が倒れたりタケノコが曲がって生えたりして迷惑な小道もある。タケノコは手入れをしなくても勝手に生えてくるが美味しいタケノコを手に入れるには肥料をやったり柔らかいのが出るように土を耕したりしなければならないと近所の豪農が語っていた。目黒でタケノコが栽培されるようになった歴史的経緯は種々あるようだが司馬遼太郎氏によれば土佐藩邸で国元から取り寄せ門外不出で栽培していたものが維新の頃に他藩に持ちだされ広がったそうだが薩摩藩邸との話もある。
目黒で秋刀魚が焼かれる時季になるとタケノコは本当の話だと書いた丸谷才一氏を思い出す。
青柚子を絞る手に皺共白髪 枯沼
http://www.city.meguro.tokyo.jp/gyosei/shokai_rekishi/konnamachi/michi/rekishi/megurorekishi/takenoko/index.html
2 件のコメント:
我家の裏手にある島熊山にも南の外れに竹林があり越してきてしばらくは筍が出ました。今でも出るのかどうか…。千里万博記念公園でその時期になると公園内の竹林でとれた筍を販売しています。すぐに長い行列が出来るので買ったことはありませんが安くて、新鮮で、したがって美味いというご近所さんの言。
三四郎 様
万博以前の千里丘陵は確か筍の産地だったのではありませんか。タケノコ生活なんて言葉がありましたが、私には売り食いして身を剥いでゆく資産がありません。
柔らかいタケノコの土佐煮、たけのこご飯美味しいですね。
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