2011年9月30日金曜日

馬鈴薯


エナガ クリックすると大きくなります。
時まさに食欲の秋、しかし昔のような食欲はない。
応援している北海道名寄から馬鈴薯が届いた、内地は暑かったけれど美深の方の話では今年の道北は寒さの夏で作物の出来が良くないようだ。鶏卵くらいの馬鈴薯が沢山入っており味は旨い、ペルーのインディオがこれくらいの馬鈴薯を茹でて食べているのを思い出し朝食に3個ずつチンして食べる事にした、火傷しそうに熱い芋の薄い皮を剥くのは大変でして、これにバターを載せると溶けて流れるし、ついに塩だけで食べることにした。
芋の品質が向上しているし芋が縮むほど加熱温度が高いので水分も飛んでおり極めて美味しい、たまには単純な味を楽しむのも良しとしキウリ、トマトも塩だけ、これを牛乳で流し込んでささやかな朝食としているが幼い時代の芋と違い本当に贅沢な味を味わい至福な朝です。




 秋冷に毛布さがす朝まだき   枯沼

2011年9月29日木曜日

どう挨拶すればよいか

キビタキ♀ クリックすると大きくなります。

40歳近い息子が昨年台湾へ家族旅行した時に結婚しようと思うと言い出し家族を驚かせてから一年が経ち先日入籍し友人中心の披露宴のみ行うことにした。僕はそれなりの年だから全て自分でやるから両親はただ披露宴に出てくれればよいと言ってくれた、実は結婚すると言い出した時にいい年をした会社では役職者の息子に対して親父はどのような挨拶をすればよいかとはたと考えた。
若輩とか若い二人でもないし未熟者でもないし、今のところスピーチしないことになっているがサプライズでお父さん一言と言われた時に何といえば良いのか未だ迷っている。


帰国する鳥訪ね来て秋日和       枯沼

2011年9月28日水曜日

ツミのセミ採り


 

今朝鳥見をしていたら頭上の枝にバサッと音がした、慌てて頭上を見るとツミがいるではないかツミもまさか真下に人がいるとは思わなかったのだろう僕に気がつくと飛び去ってしまった。 
ツミのアシに何を握り締めているのか写真を拡大してみたらセミだった、カラスもセミ採りをするがツミもセミを餌にしているのだ。先程は小鳥を狩ったが失敗したように思えるが或いはセミを捕まえたのかな。ツミも渡りの鳥と言われているが温暖化で南国へ帰らない個体もいるようだし都市近郊で営巣して個体が増えているようだ。

秋彼岸渡り鳥暇乞い   枯沼
写真の関係で文字が乱れましてすみません。                                                                            
   

セミを握り締めている

2011年9月27日火曜日

一日鳥見

朝は雨が未だ残っていたが晴れる予報を信じて鳥見に9時に家を出た、アオコを流して臭い神田川を遡り公園へ着いたけれど未だ曇っていた。公園では業者を増やして倒木を丸太にする作業が各所で進められており鳥が驚いているべき場所にいない。11時を過ぎると鳥見の場所の作業が終わり落ち着きを取り戻したようでさえずりだしたし群れで行動するようになった。
お目当てのキビタキを探していそうな場所を移動しやっと雌雄をカメラにおさめることが出来たが証拠写真程度だ。午後3時過ぎまでねばったがオスはついに姿を見せなかった、だいぶ蚊に献血してしまった。
気が付かなかったが帰宅したらかなり疲れていた、ずーっと上の方ばかり見ていたので首筋も痛むし
長時間ねばったわりに成果がなかったが晴れて来て心地よい気温となり気分は良かった。


走者日焼けたくまし影長く      枯沼

2011年9月26日月曜日

誰が反省するのだろうか

公園の池の水は昨年は高温、雨不足でアオコが発生し霞ヶ浦状態になった、今年も同じだが高温は若干あったが雨不足ではなかったので池の水は排出されていた。しかし昨年と同等かひどい状態で
臭くて叶わない。聞くところによるとこの数年億に近い金をかけた水処理装置を池に設けて昔の池を取り戻すという看板まである。この原因は池の水に溶け込む酸素量が少ないから発生するのであるから池の水へ大量に空気を入れれば解決するである東海道線浜松付近から見える養鰻池の攪拌装置をつけて攪拌すればよいのだが。
単純な事なのだが大々的工事をしたわりには効果がない、効果がない場合に公園は原因究明と今後の対策と反省をするのだろうか、繰り返し失敗工事をしているが独立経営だったら毎年無駄なことは出来ないだろうが公立だから池に金を捨てられる、羨ましい。


カネタタキ終日打ちて潰れぬか      枯沼

2011年9月25日日曜日

蚊の餌食

例年秋は蚊に献血している、今年は夏からかに殆ど刺されなかったので体質が変わったと喜んでいた、先程玉川上水へ散歩に行ったとき頭から手先まで露出している部分に蚊が止まって刺し始めた事を痒みで感じた。体質が変わったのはではなくて草刈りが行き届き蚊がいなかったのだのだろう。
これから霜が降りるまでは長袖シャツを着て鳥見に出かけなければならない、植木職人の人が蚊取り線香に火をつけて腰にぶら下げているが毎年の事だからあれがよいかもしれない。
最近は日本脳炎など蚊による伝染病が日本では無いから痒い事を我慢すれば刺されても良いのだがそうはいかない。


秋の蚊は威勢よく刺し叩いても  枯沼

2011年9月24日土曜日

彼岸墓参


今日も快晴湿度が比較的低く墓参に好都合な天気。家人の父親の墓参りに五反田の寺へ出かけた。ほとんどの墓には花が飾られていたが昨日来られたのだろう。都心に近い小さな寺の墓地は交通の便が良いから行くのに楽だ。
久しぶりの墓参、墓地のわずかの隙間も墓地として販売するらしく3,40cmの四角い小さな緑の板が置いてあり販売予定地だ、これが随所に見られ寺も新しい信徒会館を建設中で、その費用に一部を捻出するのだろう。周囲をビルに囲まれた寺は発展のしようがなく無縁仏を整理し空き地を作りだした。
無縁仏の石碑の山を見ると大正年間に建立された墓石がありまだ若いのに大戦と東京大空襲ででも縁者が途絶えてしまったのだろうか。




 寺男背なのアカネを気付かずに  枯沼

2011年9月23日金曜日

二階から目薬

二階から目薬は上手く行かない例えだがS師も以前書かれていたが二階から点しているようで微妙に外れて目薬が上手くさせなくなった。
鏡で目を見ると左右の目の大きさと形状が微妙に違って来ている、目薬をさすにはメガネを外すから生来の近視と乱視が影響して更に的がずれて来るのだろう。
目薬がきちんと出てくれないから困る、使い始めはよく出てくれるが残り少なくなるとなかなか出てくれなくて出ると大きな一滴がボトンと出てきて溢れてしまう、以前は天井を見て一滴させば正確に点せたのに何故だろう、目の大きさが左右異なりおまけに細くなっているからかな。
正しい点し方を検索したら綺麗に洗った指で下瞼を引けと眼科医の方が書かれていた、そして目の中央へ落とせと。Yさんの言われるアカンベーをして点せと同じ意味だったが中央が上手く見えない。


本棚に陽当たり来て秋彼岸   枯沼

2011年9月22日木曜日

倒木は老木

どれくらい樹木が倒れているか玉川上水を遡り公園まで行ってみた、上水は枝折れがあるくらいで倒れる樹木はなかったがドングリ、クリなどの実が葉がついた枝先から強風でもがれて落ち3kmの道は絨毯を敷いたようになっていた。
公園へ着くと状況は異なり太いドングリやサクラ、イイギリの木が根元近くからポッキリ折れている光景が何箇所もあるではないか、どちらが先に倒れたのか判別つかないが共倒れしていたり根っこから抜けるように倒れていたり通行人の多いところは既に切り刻まれて短い丸太になっていた。あるものはクレーン車で切っている最中だった。
どの木もよく見ると老木で虫食ってスカスカになっておりあの強風では折れたのは無理も無い事をはっきり示している。人でも骨がスカスカになれば歩けず寝たきり、身につまされる光景を見てしまった。
根から抜けたようになっているイイギリはどうしてか分からないが少なくとも3本約10mはあろうたっぷり実をつけた幹が倒れていた。野鳥が見たらがっかりするだろうし餌が不足するだろう心配なことだ。



団栗の無念さ聞こゆ風の朝      枯沼

2011年9月21日水曜日

さじ加減

昨日「笑いの心」大雅・蕪村・玉堂と仙厓 を見て来た、いつもそうだが絵画に素養があるわけでないから自分の心に打たれるものが良い作品と思っている、さすがに今回は思わず噴出す良い絵が沢山あった。
多くのユーモアのある絵の中で「生かそうと殺そうと」と書かれた賛の下に木匙が一本描かれている。
これが有名な「さじかげん画賛」でこれに惹かれた・・・写真は売店の絵葉書を求めた。
いろいろな場面でさじ加減ひとつだとか云われるが匙の上の量の多少により昔から運命が決まる例が多い、全て神の匙加減で決まるなら良いが邪な心を持つ人間が決めるのだからたまったものではない「それもこれもお上の匙加減一つでございますからイッヒッヒ」も生まれてくるのだから。
人の運命なんてこれ一つで決まる事が多いのだからのだからくよくよせずおおらかに生きろと僧は語っているのだろう。


大雨の溢れ出し来て彼岸花    枯沼

2011年9月20日火曜日

涼しいですね

今朝目覚めると夏掛けが胸から足へ広がっていた、昨夜無意識に広げた程の涼しさだ。
夏と秋のせめぎあいは夏と冬の空気の押し合いで夏が負けて土俵を割った状態だろう、今朝はおまけに雨まで降っておりツツドリが来たとの情報があったのだがレンズが濡れると面倒なので床屋へ出かけた、長めと言ったのに短く刈り上げられた。最近の床屋は丁寧に刈る職人がいなくなりただ短くすればよいと云う手合が増えた、まあ安い値段で数をこなしてナンボの競争社会に組み込まれてしまったから仕方がないか。


 秋雨やビル群見えず街狭し    枯沼

2011年9月19日月曜日

ヒガンバナの茎の色は地域特性があるのでしょうか


S師がBBSに彼岸花の写真を掲載された、何かおかしいと思いよく見ると茎が茶色ないし明るいチョコレート色をしている。僕の記憶では茎は緑色です、たまたま昨日もう開花しているのではと探しまわり見つけたヒガンバナを見るとやはり茎は写真のように緑色です。園芸種かもしれませんが昭和記念公園のキバナヒガンバナも茎は緑色でした。
僕のところでは茎は緑色ですと写真を投稿したら友人の方も昨年の写真ですがと投稿され茶色をしています、このお二人は関西にお住まいで僕は関東です。
ヒガンバナの茎は地域により色が異なるのでしょうか、皆様見掛けたらどうぞコメントしていただけませんか、関西型と関東型などあるかもしれません。
植物学を専攻していたら論文が書けますね。


時が来た競い咲けヒガンバナ     枯沼

2011年9月18日日曜日

Tシャツとの違い

ゴンズイ
僕は一枚もTシャツを持っていない、汗をかくのでポロシャツを素肌に着るか半袖の木綿の丸首肌シャツを下に着る、持ってない理由のもう一つは今まで着るもののセンスを僕が持っていないからと全て整えてくれたことにも因る。昨日新たに買った速乾性木綿丸首肌シャツで郵便受けへ行こうとすると家人が下着で外へ行くなと怒る、単身赴任時代にイベントで白い無地の丸首シャツをもらったので下着として着ていたらこれはTシャツよと笑った。
外観から見てTシャツは肌シャツに何か印刷してるだけとしか思えない、ランニングシャツでも下着のランニングと違いがあるようだが僕には差が分からない。それぞれ並べて比較すると印刷した絵や文字、値段以外の微妙な違いがあるのかもしれないが何を以って区別するのだろうか。家人は下着の棚から買ったでしょ、だから下着よと説明しますが諸兄姉よ、区別がつきますか?
秋の虫鳴くや夜道も熱帯夜      枯沼

2011年9月17日土曜日

空振り

ヘチマ
雲は多少多かったが比較的空気が涼しくて鳥見を期待して出かけた。
家から離れ家が唯一建て込んでないところ、公園と道をはさみ畑を駐車場にしたと思しき広い空間がある場所へ差し掛かったらたら風が少し強くかった。台風16号が来ているから仕方が無いと思いつつヒガンバナのつぼみを探しながら玉川上水へ着いた。
風が木の葉を揺らし枝先に小鳥が止まれないくらいの強さの時もあり、時折雨粒が混じる。
昨日コサメビタキらしき野鳥を見つけた場所へ来たが葉先が揺れていて鳥はいない、シジュウカラの声はするが藪の中だ、期待して出かけてきたが汗をかいただけだったがもしいてもぶれた写真しか撮れない。
毎日希望する野鳥が見られるなんてことはあり得ないのだから散歩できただけでもよしとしなければ。 


時来ればいつもの処ひがんばな   枯沼
コナラ

2011年9月16日金曜日

耳垢

ホウの樹の果実
僕はいわゆるアメ耳で湿った粘度のある耳垢です、日本人の約16%だそうです。世界の主流はアメ耳で白人やアフリカ人では90%以上を占めておりアフリカから世界へ散らばり始めた人間の先祖がアメ耳で縄文人もそうで極寒の東北アジアと北海道の原住民族は乾燥耳垢で瞳は一重まぶた。北の人々が中国、朝鮮半島経由で渡来人として日本へ渡り弥生人となったとかって見たテレビで説明していました。弥生人は寒さに耐えるため眉やヒゲが薄く凍りつかないように変化したそうで耳垢も耳の入口が凍らないように変化し耳垢も変わったとか。
細かく調べてゆくと人間は微妙に差が出来て人種が分かれたりその中でもまた差が出てくる、そのため家族の中でも耳垢の違いが出てくるとは面白いが耳掻きをするたびに汚いと言われる。
皆さんは弥生人か縄文人かどちらかな。


遺伝子や梨のざらつき片付けて       枯沼

2011年9月15日木曜日

昭和記念公園続き

キバナヒガンバナ
 さすが国営の公園だけあり全てに整備されて行き届き、池を作った土で小山を作り滝を設けたり広い芝生の真ん中にケヤキの大木を植えてあり、さすが広い飛行場跡地だから出来る施設だ。青空に一本だけ立つ木が辺りに馴染んでいる。日本庭園が設えられ回遊式でよく出来た庭でキバナヒガンバナがもう咲いていた、涼しくなったら再度行くことにしよう。
この木何の木ケヤキの木です。
西陽側空席ばかり青梅線           枯沼

2011年9月14日水曜日

墓参続き


今日は一年以上ご無沙汰していた母方の曽祖父、叔父叔母、従兄達の墓参に青山へ出かけた。彼岸が近いから混雑を避けて来られている方をかなり見かけた。墓地は未舗装部分を舗装し無縁墓地を整理し集合墓地とか新しい墓地を売り出したり、荒れて放置されていた墓地を都は整備しだした。墓地の中央交差点に墓地の案内があり赤いモミジのマークがついた見どころ名所がありよく見ると吉田首相、池田首相、中村吉衛門、幸田露伴などなど有名故人の墓地だった。
通りすがりに見ると小村寿太郎外相や川路利良初代警視総監がマーク外でありました、写真は川路警視総監の顕彰墓碑ですが大きすぎて全てを撮れなかった、このような墓碑は枚挙にいとまがないが東京の郊外と思って広大な墓地を地方出身の政府関係者に準備したのだろう。
この時代の庶民の墓地は実に墓石も小さい事が近所の寺をめぐると分かる。


葉桜に毛虫集まり秋彼岸       枯沼

2011年9月13日火曜日

墓参

弟から彼岸で混む前に墓参しないかと急な誘いがあり出かけた、夏が戻ってきたような気温だが陽光の位置は下がり日差しが厳しかったけれど空気が乾燥していただけ救われた。墓地では若干伸びた草を抜き両親に無沙汰を詫びて来た。
その帰りに昭和記念公園へ寄った、初めての入園だったが立川航空基地が立派な大きな公園になった事に驚いた、基地の北側にある砂川の畑を基地へ拡張に反対する闘争が激しかっただけにあれは何だったのと砂川出口の案内標識を見てふと思い出した。


栃の実が爆ぜかけおりて秋半ば       枯沼

2011年9月12日月曜日

電力節減効果


電力不足を補うために節電が強いられていたが先週で終わった、鉄道では電車運転本数削減で協力していた。8日に来週から取りやめると公告が掲示されているのを見てわが意を得た。それは昼間の運転本数は削減したままで元に戻さないが朝夕は増発すると云うもの、暑さのせいばかりではないだろう原発事故以前から一車両五、六人の客を乗せて走らせているのを見ていた、あれではもっと減らしても支障が出ず電鉄会社にとって節電効果、車両の痛みが減る事により利益が増えると思っていたのだ。
10分間隔であるが下校する高校生が乗ってもラッシュ並みの込み具合にはならないだろう、長年如何に無駄な事をしていたかをやっと知ったのだ。


月丸く栗は青くて間に合わず      枯沼

2011年9月11日日曜日

大臣の重み

おんぶバッタのメスがおんぶしているオスの目方より軽いであろう大臣の言動、どうして必ず一人は就任直後に自沈するのか。日本人はこのように馬鹿だったのかと自分を含めて考え込んでしまう、大臣の重みが軽いのではなく国会議員の重みが無くなり、アホみたいな言動が平気で通用しているのであろう。外国から見ても子供みたいな発言や行動で大臣が変わる国と真剣に交渉なんてしていられない、誰でも議員になれるのは民主主義かもしれないがもう少し資質を高めるため常識的にレベルの低い言動を発した議員は罷免する制度が出来ないものか。


死の町やむかしのままにあきあかね    枯沼

2011年9月10日土曜日

那智滝

僕が初めて紀伊半島へ行ったときは紀勢東線と西線で途中はバス連絡で峠を越えて難所を回避した。それが何処だったか思い出せない、連絡の国鉄バスは途中で待避しながら転落事故が多かったらしい谷を上り下りして全線開通するまで無事故おを誇っていた。
そして那智大社へ行き那智の滝を見た、その滝が今回の豪雨で景観が変化してしまったそうだし神社へも濁流が流れ込んだようだ、復旧出来る被害であれば良いのだが。
紀伊椿だったか紀伊勝浦の温泉で野猿が出るから見に行けと勧められサルの嫌いな僕が断ると変わったお客さんだと言われた、当時やっと餌付けに成功したらしいがそれを昨夜思い出した、昔の事は覚えているが近頃のことは覚えていない。


携帯へヒグラシの声まるい月          枯沼

2011年9月9日金曜日

サル

学生時代当時ものすごく優遇してくれた学割周遊券で九州巡りをした。別府高崎山ヘサルを見に立ち寄った、当時の夕刊小説に高崎山のサルを餌付けし観光客を招来した方の話が連載され話題になった頃だった。公園へ行くと入り口に大きなサルが柵に座っており指さしたら威嚇されて驚いた。動物園へ行けば大抵サル山があり群れで飼育され餌を奪い合ったり毛づくろいし、子猿が母ザルの腹にしがみついて移動している光景がみられる、皆さん喜んで笑いながら見ているが天邪鬼なのかサルは嫌いだ、絶えず争いをしているように見えるし餌をねだる媚びた目が嫌だ。最近は掃除が行き届いているのか余り臭くないが以前は猿の惑星だった事も影響しているかもしれない。


荒寺は夕立止みて法師蝉    枯沼

2011年9月8日木曜日

青じそとオンブバッタ

昨夜テレビで青じその香りは葉の裏側の腺鱗と云うつぶつぶの中にに脂溶性の香りが詰まっており、これを潰すと揮発性の香りが飛び出して来て匂うと放送していたので一枚いただいて試してみたら確かに裏側から香りが立ってきた、表裏一体ではない裏がある。
アオジソはオンブバッタの好物だからいるだろうと探してみたら案の定いました、母親が子供をおんぶしていると思われがちだがメスがご亭主を背負っているのだ。
上の小さい方は落語厩火事に出てくる髪結いの亭主みたいな良いご身分だ、もしかしたら「お前さんは唐土(もろこし)かい?」と聞かれているかもしれない。
http://ginjo.fc2web.com/90umayakaji/umayakaji.htm
ヒグラシの輪唱聴けばやぶ蚊刺す    枯沼

2011年9月7日水曜日

キノコ

きのこの季節に入った、玉川上水の木陰にも名を知らないきのこが何種類か生えていた。
色が毒々しいから猛毒とは限らないようだが原色の濃いものは毒があるようだ、北海道とか東北に居たときには季節になると山から採ってきたよときのこを頂いた。名前を聞くとボリボリとかネズミ、ヤナギ、カラマツだ、汁にしたら旨いよ当ることはないから心配いらないよとどっさり下さる。
現在はググッてみると大抵の見当はつくがパソコンが極めて高い時代で検索なんてない時だから土地での呼び名しか分からずに食した。先程テレビで福島県で採れた天然の松茸やしめじから食用に出来ないくらい高いレベルの放射線量で出荷禁止したと言っていたが何と何と松茸を廃棄するとは勿体ない、採った方はさぞ落胆しているだろう。


秋刀魚焼く季節来たれど匂いなし        枯沼

2011年9月6日火曜日

ギンナン

近所の都立高校の脇の道を通ったら銀杏が熟していないが夜来の風雨でかなり落下していた、もう少し実が大きいと拾い歩く人たちが放ってはおかないだろう。
拾って自分で食べるのか飲み屋などに売り込むのかは知らなけれど季節が来るとかなりの人が拾い歩いている。
自分の家で川の始末をすれば良いのに公園の水飲み場やトイレで剥離し皮の部分をその場に捨てたりトイレに流して詰まらせる、今年もそろそろ捨てないでくれと掃除の人が貼り紙を出すだろう、請負で掃除している作業者は大変だ。臭いがきついから自宅で出来ないのだろうが自分が嫌な臭気は大抵人も嫌うものだよ。


銀杏の臭いもせずに転がりて        枯沼
臭いない銀杏落ちて秋未だ

2011年9月5日月曜日

十津川村

1898年に奈良県にある十津川村は今回の台風で罹災したような被害を出して村民が新天地を求めて北海道空知管内へ移住し新十勝村を苦労の末、発展させた。今回と前回とどちらが被害が大きいかしらないが古代から何回も同じ様な洪水と被害を繰り返して来た経過があるのだろう。
台湾時代にお世話になり現在でも年に数回お目にかかって博識を聞かせていただいているF氏が十津川村付近のご出身で僕が鳥見のために住まわせて欲しいと切望するお屋敷は今回も被害は皆無だったそうだ。母上も上京され空き家になっているから貸して欲しいのだが大きくて広いから一人で住めませんと断られているが復旧したら五條発十津川村経由新宮行き最長路線バスに乗りに行こう。


向日葵の種よく実り秋そこへ     枯沼




2011年9月4日日曜日

福島の桃

先日、毎年頂いたり注文している福島の桃園から桃が届いた、川中島と云う品種で8月のお盆を過ぎてから食べ頃となるうまい品種。
放射能が騒ぎとなった3月末頃に栽培しないとか販売しないとか声が聞こえて来たので僕の分は内緒でも栽培して欲しいと知人に頼んだ。即死するくらいの放射線被害があったら桃の木も枯れるはずだし、例え今から体内蓄積しても症状が出てくる頃まで生存出来ないし、この年になったら何が引き金で病気になり死に至るか分からない、お前一体幾つまで生きようとするのかと笑われる歳だ。
それより福島の農家の方を応援するべきだと家人も言い出し今年も欲しいと言われる友人たちや気にしない方への分もお願いした。案の定飛散しておらず栽培し始め梅雨明けまで寒かったので心配していたが、あの猛暑で出来が良かった、驚いた事に福島県知事の放射線は安全だと証明が入っていた、松の木に微々たる放射線量があったら気色悪いと松明にしなかった都人がいるくらいだから仕方ないのか。


野分去り溢れる水に人無力            枯沼

2011年9月3日土曜日

特異な天候



昔から中央線の北側は寒いと言われている(我が家は南側にある)が理由を調べてはいない、その昔畑が多かったのだろうか、どうも天候にも違いがあるように感ずる。
狭い範囲の我が家付近は北側に当たる中央線付近で大雨が降っても殆ど降らないか量が少ない、これは東京アメッシュを見ていて気づいたのだが雷雲や雨雲の移動方向が変わってしまう、逆に少し南の永福町に住んでいたときは傘をさして出かけるが1km先では降ってない事をしばしば経験したが実は昨夕も吉祥寺へ着いたら大雨が止んだ直後で道路に雨水が流れていた、先程も500m先の駅から家人が雨が降ってきたから洗濯物を入れてくれと電話してきたが降っていないとなど実例の枚挙に暇がない。
現在は家が建て込んで地形が目視出来ないので地形によって風の流れが違うのか判断できないが殆ど高低差のない井の頭線一、二駅でどうして天候に違いがあるのか不思議だ、


来る昆虫を拒まず集め藤袴   枯沼

2011年9月2日金曜日

久し振りに見た二百十日

昨日は二百十日でした、二百十日と二十日は台風が来る確率が高いから備えをしなければならないと子供の頃に聞いた、現在12号台風が来つつあるけれど二百十日に台風が来ましたねと何処のテレビでも放送しない。なんでかなと思っていると新聞屋がくれた暦には二百十日、二十日と翌日の十五夜が書かれていた、探して唯一の記載だ。
毎日天気予報で沖合の状況を衛星写真で見せてくれるから暖房にあたりながら台風一号が発生したことを立春より前に知る、それ故にあえて二百十日だと言わなくても台風が接近している事を知り得るから備えを事前に出来て当てずっぽに備えをする必要が無くなり言葉も死語になったのだろうか。
二十四節気だけでなく昔から生活に使われていた言葉は後世のために使ってほしいものだ。


梨が皆我が拳固より大きくて        枯沼




2011年9月1日木曜日

虫を食べる人

虫を食べる人、 図書館で借りて来た一冊だが読むのを忘れていた。
古代の人は最初虫を食べ、それから小動物、大型動物へと変化というか進化していったようだ。
アリ、ハチから始まり蜂蜜を採取して巣のまま食べていた絵が洞窟に残っているようだ。日本では十数種類の虫を食べていたようで僕が食べたことがあるのは蜂の子、ザザムシ、イナゴ。
蜂の子は家の軒先に巣をかけたアシナガバチの巣を壊して炒めて食べたこともある。イナゴは山形で勤務していたときに酒のツマミとして頻繁に食べたが美味しかった。読み進むと樹で鳴いている蝉を羽根をむしり食べるとか蛾の幼虫をそのまま食べてしまうのが普通でゲンゴロウを串刺しにして焼くのが良い方で調理し味付けする事は今でも少ないようだ。
戦時中の日本は国策として昆虫をタンパク源、脂肪源として利用研究を真剣に行い絹糸を採った後に出てくるサナギを法律で統制し、イナゴを小学生に採らせて搾油したり乾燥粉末にしフリカケなどで食べたとか。
地方の名産品として虫を焼いたものとか佃煮を少し戴くのはよいが目の前を這っているでかい芋虫を生で食べるのは勘弁してほしい。

藤袴虫が集いて夏過ぎる     枯沼